大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2728号 判決 1970年6月30日

理由

一、控訴人と訴外医療法人社団恵風会(以下「恵風会」という。)との間において、昭和四一年一一月一日、恵風会が売主、控訴人が買主となり、恵風会が運営している東京都文京区小石川二丁目一四番七号文京製本会館内診療所の営業権、借家権、造作、電話、医療機械その他の備品を、代金二五〇万円、代金支払は昭和四二年一月から完済まで毎月末日限り五万円づつ分割払、その遅延損害金の率は日歩四銭と定めて売買する契約を締結したこと、次いで、恵風会と被控訴人との間において前同日、恵風会が被控訴人に対し同売買代金債権を譲渡する契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。控訴人は、右売買代金債権と共に遅延損害金債権も譲受けたとの被控訴人の主張を争うが、債権譲渡の効果として、別段の意思表示のない限り、本来の債権の譲渡に伴なつて将来その債務不履行の場合に発生すべき損害金債権は当然に移転するものであるところ、このような別段の意思表示の存在を認めるに足る証拠はないから、控訴人の右主張は理由がなく、遅延損害金債権も被控訴人に移転したものというべきである。

二、控訴人は前記売買契約はその主張の如き解除条件付きであつたところ、その条件が成就したから、恵風会に対する代金支払義務は消滅し、従つて被控訴人に対し本訴金員の支払義務はないと主張するに対し、被控訴人は、前記恵風会からの債権譲受に対し控訴人は異議をとどめないで承諾したから控訴人主張の如き事由を以て被控訴人に対抗することはできないと抗争するので、これらの点につき判断する。

《証拠》を総合すると恵風会理事木村貞雄は昭和四一年一〇月頃恵風会の債務を整理するため、同会を代表して前記診療所に勤務する医師である控訴人との間において、同診療所の営業権、建物賃借権、造作等一切を控訴人に売る話を進めていたが、話合がまとまつたので、売買契約締結に先立ち同月下旬頃、木村と控訴人とは診療所建物の賃貸人である東京製本紙工業協同組合文京支部(以下「文京支部」という。)から賃借権譲渡の承諾を得るため、恵風会が診療所建物を賃借した時の文京支部長で現在は文京支部顧問をする中西嘉一郎にその交渉をしたこと、中西は木村に対して、恵風会がその文京支部に対する延滞賃料債務一三万五〇〇〇円、文京支部の連帯保証に係る城北信用金庫に対する債務四五万円、中西個人の連帯保証に係る都民銀行に対する債務一五万円、合計七三万五〇〇〇円の決済をすれば相談に乗つてもよい旨申入れたところ、木村は中西に対して、浅草の診療所を売却してその代金でこれらの決済をすると申出たこと、そこで、中西は、これを現文京支部長鈴木俊一に取次いだところ、同人は中西に対して前記建物賃借権譲渡の承諾に関する権限の行使を委任したこと、中西は木村と同人の前記申出の趣旨を約した上、木村、控訴人の両名に対して、賃借権譲渡を承諾する旨告げたこと、そこで、同年一一月一日売買契約書(甲第一号証)を作成のうえ前記本件売買契約が締結されたこと、次いで、同月五日、前記本件債権譲渡につき、控訴人は木村から恵風会作成名義の本件売買代金債権を譲渡する旨記載した被控訴人宛債権譲渡書(甲第三号証)を示されてこれを閲読し、その末尾に「右承諾する」と記載した個所の下に署名押印をして木村に交付し、同書面は間もなく木村から被控訴人に交付されたこと、ところで、控訴人は、木村が浅草の診療所を売却した代金で恵風会の文京支部に対する延滞賃料債務等の決済をしないこと等のため万一控訴人が文京支部から診療所建物を借りられなくなることを心配し、専ら木村に対する不信感から、前記売買契約書の作成と同時に、木村から恵風会作成名義で「文京支部と控訴人との間に診療所建物賃貸借契約の成立不能の場合は前記本件売買契約は無効とする」旨記載した書面を差入れさせていたけれども、実際には、その頃、控訴人自ら文京支部長鈴木からも賃借権譲渡を承諾する旨の言質を得ており、一たん賃借権譲渡の承諾を得た診療所建物につき後日木村の文京支部に対する延滞賃料等の債務不履行のため賃貸借の解消を迫られるようなことは全く予測もしていなかつたこと、従つて、控訴人は前記債権譲渡書(甲第三号証)に署名押印をした際にも何らの異議を述べていなかつたこと、そして、控訴人は木村の指示するとおりの送金先に昭和四二年六月分までの毎月の本件売買代金割賦金の支払を続けていたところ、同年七月頃文京支部からこれを同支部に交付するよう申入を受け、同年八月三日頃には同支部から、本件売買代金割賦金をもつて恵風会の文京支部に対する延滞賃料等債務の支払に充当しないから賃借権譲渡の承諾を取消す旨の内容証明郵便を受領し、本件の紛争となつたこと、そこで、控訴人は、この頃になつて初めて、被控訴人に対し前記木村の差入れた書面(乙第一号証)を示し苦情を申出たことが認められ、当審証人鈴木俊一の証言、原審における控訴本人尋問の結果中これに反する部分は信用せず、ほかにこれを左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、控訴人は昭和四一年一一月五日木村より被控訴人に交付されるべき債権譲渡書(甲第三号証)上に、何らの異議をとどめないで、恵風会と被控訴人間の本件債権譲渡を承諾する旨を表明する署名押印をして木村に交付し、その後間もなく同書面が木村から被控訴人に交付されたのであるから、その時に控訴人は本件債権の譲受人たる被控訴人に対して異議をとどめない承諾をなしたと認められる。従つて、控訴人はもはや本件債権の譲渡人たる恵風会に対するその主張の如き事由を以て債権譲受人たる被控訴人に対抗できないというべきであるから、前記控訴人の主張は、その余の判断をするまでもなく、すべて採用の限りではない。

三、控訴人の弁済の抗弁に対する認定判断、被控訴人の本訴請求中認容すべき範囲についての判断は、原判決理由第四、五項のとおりであるから、これを引用する。

四、よつて、被控訴人の本訴請求は原判決が肯認した限度でこれを認容すべきものと認めるので、原判決は正当というべく、本件控訴は理由がないのでこれを棄却

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例